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台湾航路の貨客船

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内地と台湾を連絡する台湾航路は神戸から瀬戸内海を通って門司に入港し、そこで乗客や貨物を積み込んで基隆へ向かった。

就航した船舶は三菱長崎が建造した商船で、初めて千総トンを越えた「須磨丸」(1563総トン)、英国に発注した「安平丸」「淡水丸」「基隆丸」(1698総トン)、「臺北丸」「臺中丸」「臺南丸」(3300総トン)、「宮島丸」(1952総トン)、「須磨丸」(不詳)、「明石丸」(1571総トン)、「臺北丸(Ⅱ)」(2794総トン)、「臺東丸」(1944総トン)、「宮古丸」(1013総トン)、「桃園丸」(3460総トン)、「蓬莱丸」(9192総トン)、「扶桑丸」(8188総トン)、「高雄丸」(4282総トン)、「恒春丸」(4271総トン)、「瑞穂丸」(8511総トン)、「高千穂丸」(8154総トン)、「高砂丸」(9315総トン)など大阪商船の船が多かったが、「吉野丸」(8998総トン)「大和丸」(9655総トン)、「朝日丸」(8998総トン)、「富士丸」(9138総トン)など近海郵船の船や、「さくら丸」(3205総トン)「うめが香丸」(3273総トン)など帝国海事協会の船や、「中華丸」(2191総トン)、「華南丸」(2192総トン)、「大華丸」(2197総トン)など山下汽船の船もいた。

なかでも「高千穂丸」とその拡大改良型である「高砂丸」は和辻春樹博士が設計し、三菱長崎で建造された名船であり、近海郵船の「富士丸」とともに台湾航路の花形であった。


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2013年04月26日 18:09に投稿されたエントリーのページです。

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