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1.2 「飛鳥」乗船(1993年9月~)

(1)会社が与えてくれた機会

1993年6月に、当時勤務していた事業所の人事課長から「永年勤続旅行ご招待の件」という公簡が来た。
勤続10年から5年毎に支給される永年勤続記念品とは別に、長年の勤務に対して本人と家庭で支えてきた配偶者を慰労するものである。

招待旅行の有効期限は定年退職日までで、旅行先は随意であり年次有給休暇のほかに7日を限度として特別休暇も与えられるという。
ただし、旅行招待券の額面は30万円で、それを越える場合の超過分は自己負担となっている。

該当する仲間の様子を見ると、夫婦でハワイに行くというものも居た。招待状に添付された補足にも中国、韓国、台湾、東南アジア、ハワイ程度を限界とすると註記してあった。

時期が自由に選べるのは良いが、観光地を歩き回っても疲れるだけなので、飛行機で北海道にでも行ってゆっくりして帰ろうと旅行業者に申込みに行った。
申込みを済ませて、そこを出るときに何気なく旅行パンフレットを一枚抜いていた。
出先で家内が何か展示物を見ていたので、ロビーでそのパンフレットを眺めていた。
それは当時の東急観光の「日本の船旅」というクルーズの案内で、「おせあにっく ぐれいす」19コース、「ふじ丸」1コース、「にっぽん丸」3コース、「飛鳥」9コースがカラー写真で紹介されていた。
そして、その最後のページに載っていたのが「飛鳥」の日本一周クルーズであった。日程を見ると、9月10日に東京を出港し、神戸、佐世保、舞鶴、新潟、函館、仙台、横浜に寄港して21日に神戸に入港することになっていた。
旅行代金は11日間で一周すると、1人あたり43万円から2百万円であった。
区間料金は3日コースから7日コースまで用意されており、神戸・佐世保間のみ終日航行日が設定されていた。

「飛鳥」は1991年に竣工したばかりの新船で、その当時は国内航路のみで、グァムやウラジオストックに寄港する程度であった。
(1993年の11~12月に「マニラ・香港:(14日間)」、翌年1~2月に「オセアニッククルーズ:(36日間)」を販売しはじめた状態で、世界周航を初めて実施したのは1996年のことである)
以前、出張で長崎に行ったときに艤装岩壁に繋岸しているのを会議室の窓から見下ろしたことがある。
そのときは、一体誰がこんな船に乗るのだろうと思っていた。

そして、そのパンフレットを見たときに、もう二度と乗ることはなかろうが、一度くらい乗ってみても良いのではないかと思ったのである。
最初で最後の経験だから、せめてベランダ付きのキャビンにしたい。
神戸・佐世保間のベランダ付きキャビン代金は14万6千円であった。
ギリギリ30万円の予算に収まる。

そのホールの公衆電話から、先程訪ねた旅行業者に電話して「先程の北海道をキャンセルして飛鳥に乗る。」と告げた。

これが飛鳥とのつきあいの始まりであった。

出港予定時刻は15時であったが神戸で上陸した船客が帰船せず、15分程度遅れて離岸した。
船内を一通り歩いてみてビスタラウンジに落ち着いた。スカイデッキの展望も、航跡の見える船尾のリドデッキも良いが、なにより広い木甲板の全周出来るプロムナードデッキが良い。

明石海峡は16時過ぎに通過した。まだこの当時は明石海峡大橋は橋脚の工事中で、警戒船が配備されていた。
船は播磨灘を高松に向けて航行している。このあと小豆島の南を抜けて北備讃瀬戸大橋を通過する予定であるが、このあと19時過ぎからグランドホールでキャプテンのウェルカムパーティがあるのでキャビンに戻った。

瀬戸内は穏やかで、明るいキャビンから淡路島や小豆島を眺めていた。
TV画面にはブリッジからの展望や、航跡図、それに当日のプログラムの案内などが流されている。 ベランダ付きキャビンは、プルマン式ベッドを使えば3人部屋としても使えるので、クローゼットも3人分あり、鏡が多く使われているので明るく広く感じる。

この船はダグラス・ワードのランキングではトップクラスのファイブスターと評価されているが、総トン数3万トン弱の中型船なので船内配置がヴァーティカルで、各デッキとも船首側が乗客用キャビンで、船尾側にグランドホールやダイニングが配置されている。
ウェルカム・パーティの行われるのはプラザデッキ(6デッキ)のグランドホールで、そのあとのディナーは1層下のメインデッキで行われる。
しかし中央エレベーター群は4台並んでおり、階段もゆったり設計してあるので混雑することはなかった。
ワードによるとファイブスタークラスのクルーズ船は乗客が一度に着席できるワンシーティングが原則らしいが、この船では前後2回に分けてサービスされる。

我々は2回目になっていたので、ゆっくり売店を見て回ってグランドホールに向かった。
開会時間が近づくと2、30人ショップの前に並んでいた。
ソーシャルオフィサーが一組ずつキャプテンに紹介し、挨拶を交わし記念写真を撮る。
入ると2層抜きで天井が高くゆったりしている。白人のウェイトレスが飲み物のオーダーを聞きに来る。やがて照明が調整されてスポットライトを浴びてキャプテンの登場である。

初代船長の稲垣 孟キャプテンは飛鳥就航以来乗務している。その言葉のあと、本船の概要や明日の予定の説明を行って挨拶を終え、終わりにチーフ・エンジニア、ホテル・マネジャ、ドクターなどシニア・スタッフを紹介した。1時間弱であった。なかなか良いものである。

このクルーズが最初で最後のはずだったが、12月のクリスマスクルーズでは、2代目の 石河 溥史船長、翌年3月の小笠原クルーズでは、3代目の 野崎 利夫船長にお世話になり、この船とは思わぬ長いつきあいになってしまった。

   (工事中)