2014年01月07日

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渡洋飛行への挑戦(小島秀雄大尉の訪問)

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ハインケルがカタパルトを開発していた1925年の1月にワルネミュンデにあるハインケル飛行機工場にドイツ大使館附海軍駐在武官府補佐官であった小島秀雄大尉が訪問している。

後に彼はシンガポールを出港した伊号第29潜水艦で3ヶ月もかかってドイツ占領下のロリアンに入港し(1944年)、駐独日本大使館附武官(海軍少将)として赴任した。
同潜水艦は1943年にマダガスカル島沖でドイツのU180と合流し、反英インド独立運動家のスバス・チャンドラ・ボースを乗船させ、日本に連れ帰ったことで有名となるが、1944年に第四次遣独潜水艦として小島少将を乗艦させたあと、7月にシンガポールまで帰航したがバシー海峡で戦没した。

日本海軍は世界で唯一、水上機を搭載した大型潜水艦を実戦配備していたが、(数十隻の潜水艦に偵察機や爆撃機を搭載)小島大尉はカタパルト実用化の参考にしていたものと思われる。

小島秀雄は親独海軍軍人として知られていたが、エルンスト・ハインケルと同様にナチスには批判的あった。


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