2005年10月13日

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(飛行艇の時代:31) 金門橋上空のチャイナ・クリッパー

ChinaClipperatGG.jpg

このポスターは1985年にパン・アメリカン航空が太平洋横断航路開設50周年を記念して制作したものである。

描かれている艇体はマーチンM130「チャイナ・クリッパー」である。

M130は、最大43席、寝台配置で18席とシコルスキーS42に較べて相当大型で、航続距離も5000km以上であった。
M130は3艇発注され、その1号艇は「チャイナ・クリッパー」(1935年10月引渡)、2号艇は「フィリピン・クリッパー」(同年11月引渡)、3号艇は「ハワイ・クリッパー」(翌年3月引渡)と命名された。

1935年11月22日にサンフランシスコ・マニラ間にM130を定期就航が開始された。

このとき、ゴールデンゲート・ブリッジは未だ工事中で、同橋が開通したのは1937年である。
ポスターにも主柱と主索のみ描かれている。

原画はドン・キングマンの水彩画である。

1927年に設立され、世界中に航空網を誇っていた(1960年代には世界初の民間宇宙飛行の運行を想定して乗客の予約を受け付けていたとも言われる)名門パン・アメリカン航空はこのポスターが制作されて数年後(1991年)に破産してしまった。

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