2009年02月18日

*** 当ブログは2014年5月末に引っ越しました…新しい「紺碧の海」はこちらです ***

飛行船四方山話(105): LZ131の旅客定員

LZ130cutout.jpg

[区分] 一般・要目
[難易度]上級

[問題]
第二次世界大戦開戦のため、建造中止となり解体された「LZ131」の乗客定員は何人だったでしょうか?

 1. 40名
 2. 50名
 3. 72名
 4.100名

[答] 4

[解説]
「LZ127:グラーフ・ツェッペリン」と「LZ129:ヒンデンブルク」による北米、南米両大陸への定期便も順調に実績を上げていました。
このため、合衆国にもDZRのような飛行船運航会社をつくり、ドイツ2隻、アメリカ2隻の大型飛行船で欧米を結ぶ計画がありました。
その一環として「ヒンデンブルク」と同じ主寸法の「LZ130:グラーフ・ツェッペリン(Ⅱ)」に続いて一回り大きい飛行船「LZ131」の建造が開始されました。
「LZ131」は長さがさらに14m長く、その増大した浮力で乗客100名を乗せることになっており、1939年中に完成する予定で工事が進められていました。
アメリカではレークハーストとフロリダ州オパロッカで運航のための準備が開始され、フランクフルトのラインマイン空港では新設計による回転式格納庫やヘリウム精製施設の建設準備が始められていました。
「ヒンデンブルク」の事故のあとアメリカの大統領と議会はヘリウム供給を認めたのですが、内務大臣イッキースが反対するなどしてこの計画は実現しませんでした。

ちなみに「LZ130:グラーフ・ツェッペリン(Ⅱ)」の乗客定員は40名、「LZ129:ヒンデンブルク」の新造時定員は50名で、翌年のシーズンまでに72名に改装されています。

Comment on "飛行船四方山話(105): LZ131の旅客定員"

"飛行船四方山話(105): LZ131の旅客定員"へのコメントはまだありません。