2009年11月01日

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未来の旅客用飛行船を考える(15) 事例分析(6:ハイトクライマー)

LZ43.jpg

未来の旅客用飛行船の可能性を検討するために、ここまで硬式飛行船出現以来の旅客用飛行船の事例を見てきた。

軍用飛行船は軍用機と同様、敵機による撃墜や地上あるいは格納庫で爆撃を受ける宿命であり、これらを分析の対象としているわけではない。

但し、数としては旅客用飛行船よりずっと多いだけでなく、飛行船の安全性に関して郵便用飛行船や旅客あるいは貨物輸送飛行船と共通する事項や、それに影響を与えた事項があるとすれば当然検討せねばならない。

その意味で、今回は第一次大戦に就役した軍用飛行船について取り上げる。

1914年8月に、不幸な偶然が幾つか重なってこの戦争が始まったときは、世界中の誰しもがせいぜい1〜2週間で休戦協定が成立すると考えていた。
しかし、泥沼にはまって4年以上続き、それまでの戦争と違って一般市民まで巻き込む大量無差別殺戮戦争へと展開してしまった。

大戦が始まったとき、飛行機はライト兄弟の初飛行から10年あまり、サントス・デュモンの複葉機14bis がパリで初飛行してから8年しか経過していなかった。

開戦時には飛行機は偵察に用いられる程度で、各国航空隊には機銃を装備したものもなかったが、大戦に突入すると偵察機、爆撃機、戦闘機等の機種に分化が始まった。

同時に、性能は飛躍的に向上し、戦前には試作機のように頼りなかった飛行機は、速度、航続距離、搭載量、運動性能、それに上昇限度などの記録を驚くほど短時間で更新していった。

飛行船は根本的に軍用には向いていなかった。
軍事的に期待できる唯一の用途は偵察であった。
そしてエッケナーはその著書の中で、1916年5月31日に英国艦隊とドイツの高海艦隊との間で戦われたユトランド沖海戦で、偵察と敵情監視にあたっていた海軍飛行船からの報告によりドイツ海軍は甚大な損害を免れたと記している。

軍用機の急速な性能向上のために浮揚ガスに水素を用い、速度は遅く投影面積が大きい飛行船は被害が大きくなり、爆弾の搭載量や燃料を減じて高々度へ逃れようとしていたが従来型の船体構造では高度4千メートルが上昇限度であった。

そのため、構造強度を犠牲にして船体重量を削り落とした高々度用飛行船が開発された。これがいわゆるハイトクライマーである。
悪天候で運航できるものではなく、好天用飛行船とでも呼ばれるべき代物であった。
このハイトクライマーの前線配備により上昇限度は s型の5500メートルから、飛行船隊指揮官であったシュトラッサー中佐が座乗して撃墜された「LZ112:L70」( x型)では7000メートルにまで向上した。

これらハイトクライマーは1917年2月に引き渡された「LZ91(L42)」から、海軍に引き渡される前に休戦となった「LZ114(L72)」まで24隻建造された。
硬式飛行船のガス容量を横軸に、有効揚力を縦軸にとってプロットすると、ハイトクライマーは「LZ127:グラーフ・ツェッペリン」や、グッドイヤー・ツェッペリン社で建造された「ZRS4:アクロン」、「ZRS5:メーコン」など傾斜より高い勾配を示し、「LZ126:ZRⅢ(ロサンゼルス)」、「LZ129:ヒンデンブルク」などはその中間の勾配になる。

上空の低温で羅針盤を浮かせているアルコールが凍結して運航に支障を生じたばかりか、防寒着を着て酸素マスクをつけた乗員の睫毛は凍り、頭痛、嘔吐、妄想、情緒不安定、など高空病に悩まされる状態になった。

ドイツ海軍飛行船隊ではあらゆる事態が情報として集約された。
飛行船はガス容量を増やすために大型化され構造は軽量化された。
一方、運航面では空気密度の濃い低空での急旋回は風圧によって船体が屈曲するおそれがあるので運用マニュアルで禁止するなど細心の注意を払って運用された。
第一次大戦の休戦まで致命的な事故には至っていない。

しかし、強制着陸され捕獲された「LZ96:L49」などのハイトクライマーをプロトタイプとして設計され建造された英米の飛行船や、戦時賠償としてこれらの飛行船を引き取った戦勝国では、実際にそれほどの運用経験がないので、理解はしていても運用面で甘くなっていたと思われる。

米海軍航空廠で建造され、レークハーストで組み立てられた「ZR1・シェナンドア」も、イギリスに発注され「ZR2」と命名させるはずであった「R38」も就航中あるいは試運転中に空中で空中分解してしまった。

イギリスの飛行船には、試運転こそ飛翔したものの、ろくに運航されずに解体されたものもある。

この硬式飛行船の運用上の安全性を検討するため、ドイツ以外の飛行船の事例も考察する必要しなければならない。

写真はドイツのハイトクライマー「LZ43(L12)」である。

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