2009年12月09日

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「グラーフ・ツェッペリン」世界周航時の乗船客(1)

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いま、「グラーフ・ツェッペリン」の世界周航に乗船取材したフランクフルト新聞の特派員ガイセンヘイナーの手記を読んでいる。

まことにあっさりした記述もあるが、中には面白い話も載っている。

今日はその中から一人の乗船客を取り上げてみよう。

スペインの代表として乗り込んだヘロニモ・メヒアス博士(Dr. Jeronimo Megias)である。

国内で出版されている本には『スペイン国王アルフォンソの主治医』と書いているものがあるが、マックス・ガイセンヘイナーの著書によればスペイン女王の主治医となっている。

スペイン女王(Knigin von Spanien)とは誰であろう?

当時、スペイン国王はアルフォンソ13世であるから、13世が幼少の頃、摂政を務めていた母親のマリア・クリスティナか、王妃のヴィクトリア・ユージェニーかであろう。

母親のマリア・クリスティナはハプスブルク家の傍系で、王妃のヴィクトリア・ユージェニーはイギリス国王ジョージ5世の従兄弟にあたる。
当時、欧州各国の王室は、政略結婚でほとんど親戚になっていた。

内外の文献のなかにはメヒアス博士をアルフォンゾ国王の主治医としているものがあるが、この飛行に航海士として乗船していたザムト船長の著書にも博士は女王の主治医と明記されている。

メヒアス博士の名前、ヘロニモはアパッチの指導者ジェロニモとおなじ綴りである。
アメリカ、ロシア、スペイン、日本など上空を通過する国から代表者が乗船しており、周航中に支援をすることになっていた。
メヒアス医師も、毎日スペイン王室に報告の電報を入れていたそうである。

メヒアス博士のキャビンはソビエト政府代表のカルクリン氏と同室であった。

カルクリン氏は乗船名簿では地質学者となっているが、大阪毎日の園地特派員によれば『乗船名簿にカルクリン君のことを地理学者で教授と出ていたが聞いてみると教授なんかではなく、エンジニアだと言う。何のエンジニアだと聞くと飛行機だという。これだけ聞き出すことも容易ではなかった。彼のドイツ語の出来ないのは我慢するとしても、その勘のの悪さには閉口した。』という。

彼は上空を通過する筈であったモスクワを低気圧の接近で北に迂回することを決心したエッケナー博士に執拗にせまり、終いには激怒し、脅したり霞ヶ浦で下船するまでむくれていたらしい。

ガイセンヘイナーも、この部屋割りについて『気を損ねなければ良いのだが・・』と書いている。


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