2010年04月05日

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エド・ロバーツ氏の訃報

Micomputer_1.jpg

エド・ロバーツ氏は、1975年に世界最初の個人向けコンピュータ「Altair8800」を開発した人物であった。
4月1日に肺炎で亡くなったと報じられていた。68歳であった。

1971年に、4ビット・マイクロプロセッサが開発された。
その少し前、電卓メーカー各社が熾烈な新機種開発競争を行っており、そのプロセッサやメモリ、レジスタなどをモジュール化して新型電卓開発期間を短縮しようと日本の電卓メーカーがパーツメーカーのインテルに持ちかけたもので、その契約期限が経過したときに、4ビット・マイクロプロセッサ「i4004」として発表された。

それを8ビットに拡張し「i8008」が開発された。
8ビット・マイクロプロセッサである。
しかし、売れなかった。

それで設計を改めてインストラクションを増やし「i8080」が開発され、その改良型「i8080A」が生産されるようになると爆発的に売れ始めた。
電気制御機器のリレー回路では機器毎に回路を組み直す必要があるが、マイクロプロセッサでは同じものを作っておき、ソフトウェアを入れ替えることで対応できるからである。
1973年頃から爆発的な普及を見せた。

1974年にニューメキシコ州アルバカーキに、電子機器を作っていた町工場MITSの社長エド・ローバーツは「i8080A」を使ったコンピュータを設計し、組立キット「Altair8800」を発売した。

キット1セットで395ドルであった。雑誌の1974年12月号に広告を出すと、翌年1月のある金曜日の午後だけで295台もの注文書が舞い込んだという。
2年間で約1万セットが販売された。

キーボードもディスプレイもプリンタもない、トグルスイッチを使ってビット単位でプロプラムを入力し、電源を切るとすべてクリアされた。
しかし個人所有のコンピュータが実現したのである。

フィリップス型カセットテープレコーダーで、ソース・プログラムやデータがセーブ出来るようになると嬉しかった。
当初、300bpsであったものが1200bpsになった頃のことである。

後にマイクロソフト社を設立したウィリアム・ゲーツは、ロバーツに「Altair8800」のソフトウェア開発を申し出て、パーソナル・コンピュータ用BASICを開発したことはよく知られている。

ロバーツ氏は1977年にコンピュータ業界から引退し、その後は医師としての道を歩んだ。

写真は、ロジック・システムズの石田芳氏が設計したマイクロコンピュータ・キットMP80である。
入力は16進キーで、出力は5桁の8素子LEDで、ROMは256バイトのモニタ内蔵PROM、RAMは256バイト実装され、1024バイトまで拡張可能であった。

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