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台湾総督府鉄道・淡水線

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昭和4(1929)年7月10日改正の時刻表を見つけた。

「時刻表世界」(曽我誉旨生著、2008年、(株)社会評論社刊)に載っていたものである。

その中に淡水線(下りのみ)が掲載されていた。

tansuisen_1.jpg

これによると蒸気機関車の曳く列車は5往復のみで、あとはガソリンカーである。
始発の臺北から淡水行きが5本あり、そのほかに新北投行きが17本運航されていた。

ローカル線であり、基本的に各駅停車であったが、列車はすべて大正街と宮の下は通過し、宮の下はガソリンカーも4本通過している。

所要時間は50分から60分であった。

臺北から淡水までの途中駅は、大正街、雙連、圓山、宮ノ下、士林、ロ基里岸、北投、江頭の各駅であった。

ほとんどの駅名が現在のMRTと同じであるが、関渡だけは似た読みの江頭になっていた。

当時の列車は4両編成であったとLCさんが知らせてくれた。

この時刻表には「二・三等」と書いてあるけれど、二等席があったのだろうか?

コメント (1)

pinglong:

淡水線は昭和何年頃まで蒸気機関車で
運行していましたか?
一時廃線になりましたが何年頃
復旧したんですか?

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2011年11月24日 13:56に投稿されたエントリーのページです。

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