2005年04月11日

*** 当ブログは2014年5月末に引っ越しました…新しい「紺碧の海」はこちらです ***

日本上陸期日

資料を整理していたら父は任地の淡水で昭和19年6月12日に応召し、翌年8月15日終戦・9月1日招集解除となり、同日帰宅していたことが判った。

翌年3月17日に台北の台湾総督府跡に集結し、19日に基隆港に移動して21日に海防艦34号で帰国し、23日に鹿児島港に上陸したとある。

海防艦が基隆港を出たとき、父が甲板に連れて行き「紀夫、あれが台湾だ。よく見て置きなさい。」と言ったのは憶えている。

Comment on "日本上陸期日"

"日本上陸期日"へのコメントはまだありません。