2007年07月14日

*** 当ブログは2014年5月末に引っ越しました…新しい「紺碧の海」はこちらです ***

(飛行船:387) エッケナー博士とツェッペリン飛行船(42)

MoonOnAthens.jpg
(アクロポリス上の満月)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 エジプトへのセンチメンタル・ジャーニー(4)

国境に達して海上に進路を変更し、ポートサイドの燈台にまっすぐ進んだ。

そこから海岸との距離6マイルに指定されたコースをたどり、アントニウスやクレオパトラを照らした有名なファロス燈台に向かった。

さらに、ヨーロッパ文明に重要な意味を持つ、幾つかの重要な遺跡に向けて飛行を続けた。
これらの対象には解説が用意されていたのが嬉しく期待もされていた。

その日がちょうど過ぎ去るときの印象は強烈であった

ラヴァントの水面を横切るとき、心地よい振動と満月が鏡のように微かに照らす銀色の光線を受ける飛行船上で、静かに快適に眠れることですっかり満足していた。

船首をアテネに向けて北に旋回し、翌日 古代ギリシャで沢山の光景や経験を期待しながら休息していた。

午前6時に、アテネの人達の朝の眠りをエンジンの音で起こして、アテネの街やアクロポリスを過ぎ、人々がトーガをまとって通りや広場に集まっていた遙かな時代に遡っていた
まもなく古代ギリシャの神々が住まっていた小高いオリンポスの丘に来た。

その斜面はまだ雪に覆われており、神々の鎮座する頂上は残念なことに黒雲に隠れていた。

ここで旋回して戻った。

目的は有名なアトス修道院や、ホーマーの古代トロイからコンスタンチノープルに行くことであり、そこからルーマニアの油田地帯やウィーンの方向に戻ることにした。

しかし、入電してくる天候状況はバルカン半島一帯が厚い雲に覆われていると言うものであった。
従って、このルートでは多くを望めなかった。

そこで向きを変えて、コリント湾から島々や海岸が眼を楽しませてくれるアドリア海に行き、トリエステに向かうことにした。

9時に戻ってきたアテネの街は、その間に目覚めていたので熱狂的な歓迎を受けた。
特に最初に来たとき寝ていて近所の人にからかわれた人はそうに違いなかった。

コリントの地峡を横切るとき、運河を低い高度から見下ろしたときは壮観であった。

現在は小さな船舶なら通過できるほどに整備されているが、高度150mから見ると客船が手漕ぎボートのように見えた。

コリント湾の北岸に沿って高度300mで飛行し、幻想と伝説の国を遠望することが出来た。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[註]写真
見出しの写真は2006年5月18日にアテネ市内から見たアクロポリスである。


Comment on "(飛行船:387) エッケナー博士とツェッペリン飛行船(42)"

"(飛行船:387) エッケナー博士とツェッペリン飛行船(42)"へのコメントはまだありません。