« オペレーション・フィロソフィー? | メイン | (南独飛行船紀行:4) ツェッペリンNT乗船(2) »

*** 当ブログは2014年5月末に引っ越しました…新しい「淡水」ブログはこちらです ***

(南独飛行船紀行:3) ツェッペリンNT乗船(1)

F_Halle.jpg

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ツェッペリンNTのゴンドラは外からみたよりずっと広かった。ゴンドラの長さは操縦席を含めて約10m、幅は2.3m程度で、中心線に人がすれ違えるゆったりとした通路があり、両側に6人ずつの客席があり、一番前の席は正副操縦席と背中合わせに後ろ向きになっており、そのほかはすべて前向きである。最後端は一枚の曲面窓のパノラマウィンドウである。乗降口は左舷後方で、非常口は右舷前方にあった。乗降口の前にトイレがあるほかは特に目立つものもない。

 あっけない程簡単な離陸であった。何の前触れもなく、僅かな衝撃も感じることもなく窓のすぐ傍に立っていた地上誘導員が大地と共に下に下がってゆく感じであった。発着場で2〜300mも昇ったと思ったら、コパイ席に座っていたキャビンアテンダントがこちらに来てシートベルトを外して歩き回っても良いですと言う。ランカミングエンジンは快調に作動しているが音がうるさいとは感じない。通常の会話が出来る。それより、離陸の際、地表に騒音や排気や砂塵を巻き上げる吹き下ろしがないのが何よりである。

 地表に落ちた大きな影が見る見る小さくなる。パイロットが左右のスラスタ機能確認のためか、僅かにヒールしたように感じたがすぐに戻っていた。ツェッペリン飛行船技術社の格納庫と通りを挟んで向かい側のフリードリッヒスハーフェン・メッセの大きな展示場が眼の下に並んでいる。発着場に隣接している空港の滑走路や駐機している小型機が玩具のようである。

 上空をゆっくりひとまわりすると市街地の西郊に向けて南西に進んだ。観光案内地図で見たツェッペリンドルフも、エッケナー博士やドルニエ博士の眠る市営墓地もよく見えた。やがてフリードリッヒスハーフェンのランドマークであるシュロスキルヒェを右舷に見ながらボーデン湖岸に近付いて行く。家や立木は鉄道模型マニアの作ったレイアウトのようである。この辺りは殆ど葡萄畑で、十字路の周りに何軒か集落が作られている。

 やがて飛行船はツェッペリン伯爵が硬式飛行船第一号の「LZ-1」を建造して浮揚させたマンツェルの街にやって来た。非常に柔構造であったため、僅かな衝撃で破損するおそれがあったので湖面からの発着を考えたのであろう。市営のツェッペリン博物館で見ると、最盛期にはフリードリッヒスハーフェンにはレーヴェンタール、マンツェルなど3箇所も飛行船発着場があったようである。

 現在、DZRが運航している遊覧飛行にはボーデン湖上空30分飛行から、ボーデン湖西ルート、同東ルート、ラインの滝シャフハウゼンまで往復する2時間飛行まであり、誕生日や記念日などは特別料金も設定されているらしい。

 我々の乗ったこの日一番のフライトは最もポピュラーなボーデン湖西ルートである。コンスタンツ、マイナウ島、メーアスブルクなどを巡る1時間コースである。

 やがて飛行船はインメンシュタットの町はずれに来た。湖岸にはヨットが数隻繋留されており、オートキャンプ場には優に百台を越えるキャンピングカーが駐車し、船溜まりにはヨットやモーターボートが所狭しと繋留されていた。

 ここ、ドイツでは屋外のスポーツが盛んで、サッカークラブには小学生クラスからチームがあるが、個人でスポーツを楽しむ人も多い。家族でサイクリングを楽しんでいる人はよく見かけたし、車道でも歩道でもない自転車専用路も整備されている。そのほか乗馬、カヌー、グライダー、熱気球なども各地で楽しめる。


About

2007年08月19日 15:10に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「オペレーション・フィロソフィー?」です。

次の投稿は「(南独飛行船紀行:4) ツェッペリンNT乗船(2)」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。